フィリピンと山あれこれ(8)

最近のマニラの話題といえば、「誘拐事件」が挙げられます。ひところ紙上をにぎわせた外国人誘拐とは違って、中国系フィリピン人を中心に、金持ちの子供、女性などが狙われるのです。通学途上の車を襲い、運転手、女中を脅し子供を誘拐する荒っぽい手口に、中国系社会には子供を自宅学習させる、留学を検討するといった動きが広がっています。さらに、警察を信用しない彼らは、自分たちで身代金を払い、子供を取り戻そうとするため、一向に事件の減る兆しはありません。なぜ、この国の人間、特に社会的弱者(貧乏人、中国系)は警察を信用しないのか。ここに、この国の根深い問題があります。

(1)センブラノ山・ルソン島中部(743m):1/5万図(Paete)その2

バナナの林の脇から急登が始まっている。ここまで、先頭を行くトップは分岐が来るたびに、「チーフ、道はどっちだ。」と尋ねていたが、チーフが遅れるにつれて待ち時間も長くなる。たまりかねて、私が先頭を替わった。依然として見通しが効かない林の中の登りが続くが、高度はだいぶ上がったようだ。右手に小さな沢の源頭が近づき、その中を登る。細く水が流れている。この沢を離れてしばらく行くと、大きな岩を乗り越える箇所があり、発電所と湖を見下ろすことができる。ここで、案内の二人を待つ。ようやく追いついた二人と歳の話になる。トップ「39」、私「49」、そしてチーフは「66歳」だった。

少し登ると、突然視界が開け、頂上の草原の一角に飛び出す。谷をへだてた向かいの山まで、一面の草原が広がり、麓を覆う樹林と対照をなしている。ここには、若い男女4人がテントを張っており、口々に頂上からの眺めがすばらしいとほめていた。雨上がりの草つきの斜面は滑りやすく、急な道をゆっくり登る。きのうの台風のなごりか、湿った風が一段と強く吹きつけるが、さえぎる物もない頂上では、それも心地よい。15分ほど登り、「頂上」に着く。マラヤの町とラグナ湖に細長く浮かぶタリム島、その向こうには湖を隔ててマニラの高層ビル群も望める。ここまで来てわかったのだが、ここはまだ尾根の途中で、さらに、道は本物のセンブラノ山へと続いている。あと30分くらいの登りだろうか。後から登って来たチーフに尋ねると、あれはラグナという別の山だという。「頂上」から北に伸びる尾根上の道を指して、どこに向かう道かと尋ねると、これもラグナに向かう道だと答える。何のことはない、センブラノ山はリサール州とラグナ州の境に位置し、リサール州側のマラヤの人間から見ると、山の向こうは全てラグナなのである。本物の頂上に登りたい気持ちもあったが、一段と強さを増した風と案内人の疲れた顔に下山をうながされる。

さて、下山の途中で、チーフが「ブコ(=ココナツ)ジュース」がほしくないかというので、「ほしい。」と答えると、突然、道をそれて畑の跡と思われる藪の中を歩き出した。しばらくすると、やしの木に囲まれた一軒の家に着いた。一家族にしては多い14〜5人の人間が集まっていて、薪を集めたり、食器を洗ったりしている。家の前では、男たちが何やら白い液体を飲みまわしている。チーフが声をかけると、早速、一人の若者がやしの実を取りに出かけた。とはいっても、目の前の、やしの実を竹の棒でたたき落とすだけである。男たちに呼ばれて行ってみると、これを飲めという。先程の白い液体だ。「ブコジュース」だというが、ちょっと違うような気もする。ひと口飲むと、ブコには違いないが、なんともいえない苦味がある。結局、コップ一杯飲んでわかったのは、地元の酒(薄い焼酎のような感じ)の「ブコジュース」割りだった。お目当てのやしのジュースと白い実(ココ)をごちそうになると、さらに、コップに入れたココを勧められた。食べてみると、コンデンスミルクがかかった甘い「ナタデ・ココ」だった。小声で、チーフに何か払わなくてもいいのかと尋ねると「ただ」という答だった。

すっかり、ごきげんになって山を降り、バランガイ・ホールに戻ると、バランガイ・キャプテンが待っていた。恰幅のいいおばさんで、頼まれて、彼女と3人の娘さんを隣町まで車に乗せていくことになった。帰り際、トップに案内料を尋ねると、また、お心のままにということで、100ペソ(約200円)でした。なんだか、とっても得をした感じの一日でした。

参考までに、関連するホームページを挙げます。

@http://www.mapua.org/mitmc/trail/it_sembrano.html
Ahttp://www.stormpages.com/mysticwaters/sembrano/sembrano.html

[コースタイム]

幕営地 11:20−草原 12:00−「頂上」 12:30−幕営地 14:00−マラヤ 15:20−アンティポロ 16:30−タイタイ 16:40−マニラ 17:30(Nov.15, 2003)

[注]

「バランガイ」:フィリピンにおける最小行政単位。日本でいえば、「町内会」「集落」に相当する。全土で4万2千弱のバランガイがあり、独自の政府・議会を持ち、農業支援、保健衛生、文化事業など住民に身近なサービスを提供している。バランガイ・キャプテン(首長)は住民の投票で選ばれる。

(2)フィリピンの警察

用心棒と称してカラオケ屋にただで出入りする警官、押収された麻薬を密売する警官、事件をでっちあげて無実の市民を逮捕し「釈放料」をせしめる警官、最近話題になった警官のごく一部です。中には、まじめな警官もいるはずなのに、どうして警官が不祥事を起こすのか。いくつかの問題点があります。

@警官はともかく、警察自体金がない。

先日公表されたPLDT(フィリピン長距離電話会社)の大口滞納者リストには、国軍、政府機関に混ざって国家警察も上位にランクされています。警察の予算は常に不足しており、電話代の滞納が常習化しています。中には、長距離電話が使えず、捜査に当たっては被害者に電話代を請求する警察署もある始末です。電話の使えないほど困窮している警察が、満足な捜査などできるはずもありません。初動捜査しかり、現場検証しかり、いつも後手後手に回って、犯人に逃げられるわ、満足な証拠も挙げられないということになります。勢い、捜査は関係者の尋問ないし密告の奨励ということになって、裁判では関係者の証言が重視されることになります。では、関係者を調べ上げ、犯人の逮捕に結びつく証言をあげるべく努力した警官が報われるかといえば、必ずしもそうではありません。

A警官は政治家に弱い。

日本でも、「警官は政治家に弱い。」ですが、この国はもっと極端です。特に、地方では、知事や町長は地元の「領主さま」ですから、警官を自分の使用人のようにあごで使います。捜査に介入するだけならまだしも、中には、違法賭博、麻薬の密売で私腹を肥やしている「領主さま」が、警官に悪事の片棒を担がせるなど、封建時代さながらの事件も起こります。万一、「領主さま」の手先が警察に捕まったとしても、裏から手を回してなんとかしてしまうのです。裁判で関係者の証言をくつがえすのは朝飯前、ここに、客観的な証拠に基づかない捜査の限界があります。

B犯罪がいっこうに減らない。

満足な予算もなく、安月給で働かされる毎日。時には、強盗団の銃弾を浴びたり、ゲリラに襲われる危険な任務。政治家と癒着して私腹を肥やす上司たち。中には、ワイロをせびったり、上司といっしょになって悪事を働く警官も出ることでしょう。しかしながら、一番の問題は、捜査の途中で入る干渉の数々、せっかく挙げた犯人が裁判で無罪放免になったり、刑務所から逃亡したり、そして、いっこうに減らない犯罪から来る達成感のなさ、無力感が、警官を不祥事に走らせていると考えるのは筆者のうがち過ぎでしょうか。

[注]

「釈放料」:フィリピンでは、警察に捕まっても大抵の人間が「釈放料」と称するワイロを払って表に出てきます。このため、警察署には釈放料を貸す金貸しまでいるそうです。したがって、拘置所にいるのは、よほどの重罪人か「釈放料」の払えない貧乏人ということになります。先日、この金貸しから金を巻き上げようとして捕まった警官もいました。貧乏人、金貸し、警官のこの関係は、フィリピンの縮図ともいえます。

追伸

冒頭に挙げた「誘拐事件」については、政治家が関与しているといううわさも絶えません。銀行強盗、誘拐事件など選挙が近くなると増えるともいわれるのは、それほど政治に金がかかるということでしょうか。次回は、「塀の外の懲りない面々」フィリピンの「政治家」についてです。

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